ミャンマー・エセルブ暮らしVol.27~Mr.メロン~

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南国のフルーツは美味しい。何でも美味しい…が、しかし…やっぱり日本のが美味しい😋っていうものもある。

誰が食べてもそう思うのか?小さい頃から慣れ親しんだ味だからそう思うんじゃないか?という気もするけれど…
いずれにせよ、その土地や気候、環境に適した果物っていうのがあって、その果物にとって居心地のいい場所で育てられた果物はやっぱり美味しい。さらにそれをその場所で食べたらもっと美味しい。

ミャンマーでもイチゴやメロンは売られてたんだけれど、イチゴの粒は小さく、味も水っぽかったり酸っぱいのが多かった。メロンも市場やスーパーに並んでるのは、見た目それっぽい(?)んだけど、味はキュウリのちょっと甘いヤツ?…
やっぱり、その土地のものじゃないからだな〜って思ってた。

ところがある日、友人がスーパーで日本のみたいに甘くて美味しいメロンを見つけた、と言う。「でもさ~気候ちゃうしさ~。甘い言うてもさ~」と思ったのだけれど、気になり、教えてもらったスーパーへ…

確かに甘くて懐かしい香りがする。試しに一個買って早速試食。そしたら本当に香りが良くて甘くて、高級なマスクメロンとまではいかないけれど、日本でもちょっとプチ贅沢で買おうかしら…っていうときの美味しいメロンの味がして、びっくり(◎_◎!)だった。

でも、そのメロンはどうも気まぐれに売られる、遭遇したらラッキーな美味しいメロンだったようで、その後見ることはなく…「やっぱ、無いよね~。ここでしか食べられない美味しい南国フルーツはあるんだしね。それで十分だよね…」と暫くは他のスーパーで探したものの諦めた。

それから約半年経ったある日、とっても可愛いタイガールとお友達になった。時々、ヤンゴンの彼氏を訪ねて遊びに来ているらしく、私もタクも仲良くなって色々お話しているうちに「おいしいフルーツ」のお話になり、「幻のメロン」の話もしてみた。すると、なんと彼氏はメロン農場をやっている実業家だっていう…

「彼が作るメロンは超美味しいのよ!」なんて言われると、それは是非お会いして、あわよくばお一つ…なんてお話になるかもしれない、と期待してしまう。

実際にお会いしたところ、なかなかのイケメン。でも、なんかね…ちょっと危ない感じがしないでもない。私が知ってる遊び人と雰囲気が似てるんだよね…
実際、後々聞いたところによると、類は類で?彼らはお友達だったようである。いるのです~どちらの世界でも「プレーボーイ?」と言われる方々…(;’∀’)。実際に現場を押さえたわけでは無く、噂なので、実のところは分からないけど。。。

で、そのMr.メロン(←彼女であるタイガールがそう言って紹介してくれた。)は、「じゃ、農場へ連れて行ってあげるよ。」と言うので、私とタクは彼の車に乗せて行ってもらうことになった。ヤンゴン市外の農場へはどっから入口でどこが出口かよくわからない高速に乗って、2時間くらいだったんだろうか?

現地に着くと、赤茶けた印象の大地の小高い丘に緑の蔓がわやわやしてるのが連なって見えた。暫く歩いて近づくと、「わ…ほんとにメロンが成っている。」と、タクも私もびっくり(@_@)。

 (なかなか立派なメロン)

 (ハウスの前で記念写真)

Mr.メロンは日本のメロン栽培を勉強して、全く気候も風土も異なるミャンマーでその栽培に成功していたんである。すごいわ~。農場見学のあとはクーラーのきいたオフィスで新鮮なメロンをお腹いっぱいご馳走になった。割ってみると淡くて瑞々しいオレンジ色の果肉。その夕張メロン風のメロンはホントにあの「幻のメロン」だった。
「スーパーで最近、売ってないよね?」って聞いてみたら、実はね…「試験的にスーパーで売っていただけで…ばっちり成功したので、輸出と高級ホテルへの卸のみに切り替えた」っていう。。。

やっぱり、ここでも、果物の王様は庶民にとって「高嶺の花」なんだね…

可愛いタイガールはタイ航空のフライトアテンダントを目指していた。実業家の彼とフライトアテンダントって、セレブなお話だな~って思いながら、うまくいったらいいな…と応援していた。

その後もしばしばMr.メロンと可愛いタイガールが一緒にいるところを見ていたのだけれど、そのうち彼女はあんまりヤンゴンに来なくなった。暫くして、フライトアテンダントへの道をあきらめ、製菓工場か何かに就職したらしいと聞いた。
そしてその内、Mr.メロンにも会わなくなった。どうも別の事業を始めたらしい、海外へ行ったらしい、等々噂に聞いたけれど…

あれから、十数年…彼らは今頃どうしているのかな…?

※アイキャッチ画像は夕張のメロン熊さんです。

ABOUTこの記事をかいた人

文と書いて”とも”と読みます。生まれ育った川西市笹部は母方の生家で、先祖代々、この土地で暮らしてきました。幼少期に住んでいた家は藁屋根、トイレは外、五右衛門風呂や釜土もありました。 1997年~2014年は県外や海外で暮らしていましたが、2014年2月に故郷の笹部に戻り、両親、息子と暮らしています。数十年離れていても、自然と受け入れてくれる故郷があるって幸せだと思います。そんな気持ちを何かの形で表したくて、まちづくりに関わっています。「地域の魅力=暮らす人々の魅力」だと思っているので、人との繋がりから生まれる地域活性化をコンセプトにこれからも活動していきたいと思っています。