出会い

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ある人に「たくさんの人と会って繋がることが私のライフワーク」と言ったところ、「それがなんになる?」と言われた。

「むむむっ。」と思いつつも、そう言えば、はて(・・?…なんで色んなとこ出かけて行ってんだっけ?と、その場で明確な答えが出来ず(・・;)苦笑した。子どもの頃の私は人見知りであんまり外に出れないタイプだった。今も「そう!」と思い続けてきたのだけれど、もしかして実はそうでもない(?)と最近思い始めている。いつからそうだった?と言えば…

最初の転換期は小学校3年生の時の阿部先生との出会いかもしれない。それまでの私は幼少期にプールで溺れた恐怖をいつまでも引きずり、全ての挑戦を何とか避けて失敗する前に止めておく…何かと誤魔化す子どもだったように思う。ウジウジした性格で、今、振り返っても自分で自分に腹が立つくらい。3年生の夏のプールでも、何とか泳げないのを誤魔化そうと、先生が見ていそうなときだけ、そっと足をプールの底からちょっと外して浮いたふり、それを何回も繰り返していた。でも、阿部先生はそれに気づいていた。

途中、全員がプールサイドに上がっての休憩時間。私は何とかやり過ごしたとホッとしていたんだけれど…「あれ? なんか宙に浮いた?」と思った瞬間に水の中に「ドッボーン!」

そう、つまりは阿部先生が私をプールに放り込んだわけで… 水がとにかく恐ろしい~私…それはもう必死で、水をいっぱい飲みながらもプールサイドに辿り着いた。すると、阿部先生は「にんまり」笑い…「やったら出来るやろう」って抱きかかえてくれた。そして、夏休みの一か月間、毎日のようにプールを開けて私に泳ぎを教えてくれたおかげで、休み明けには水泳だけじゃなくて体育全般が大好きなスポーツ少女(?)になってました。

自我と自己中は違うと聞くけれど、その大きな違いは相手や周りの存在があるか無いか、それを意識し大切にしているかどうかなのだそうです。自我は相手や周りがあってこそ認められる謂わば承認の産物、自己中は自分しかいない。だから、「やったら出来る」を教えてくれた阿部先生との出会いは私という存在を認めてもらえたことによる自我の芽生えだったかもしれません。

色んな人に会って話してみることが自分の心を豊かにする。何だか自分だけ特してるみたいで何も生み出してないよな…って思うのだけれど、ある人に言われたことで、私の行動もちょっと誰かの役に立っているのかもしれないと思いました。

「ともさんはね、人と人を繋ぐことが出来るよね。それでいいんじゃない?」

そう言われてみれば、いつも、会った人と友人・知人の共通点を探し、「この人、○○さんに紹介してみよう。こんな集まりに誘ってみよう。」って何気にやってるな…自然にやってることで特に意識していなかったけれど。

今なら、「人と会うこと何になる?」って聞かれてもちょっとはマシな答えが出来そうな気がします。

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ABOUTこの記事をかいた人

文と書いて”とも”と読みます。生まれ育った川西市笹部は母方の生家で、先祖代々、この土地で暮らしてきました。幼少期に住んでいた家は藁屋根、トイレは外、五右衛門風呂や釜土もありました。 1997年~2014年は県外や海外で暮らしていましたが、2014年2月に故郷の笹部に戻り、両親、息子と暮らしています。数十年離れていても、自然と受け入れてくれる故郷があるって幸せだと思います。そんな気持ちを何かの形で表したくて、まちづくりに関わっています。「地域の魅力=暮らす人々の魅力」だと思っているので、人との繋がりから生まれる地域活性化をコンセプトにこれからも活動していきたいと思っています。